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福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)621号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  原判決主文第一項中「金三、七二四円」とあるのを「別紙目録(二)記載のとおり、金三、七二四円と更正する。

事実

一  控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文第一、二項と同旨の判決を求め、原判決主文第一項に「金三、七二四円」とあるのは「別紙目録(二)記載のとおり金三、七二四円」の趣旨であると述べた。

二  当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

仮りに本件社員賃金規則細部取扱中のストライキによる家族手当カットの規定が選定者らを拘束するものではないとしても、本件家族手当カットは有効である。すなわち、同じく労務の不提供であっても、通常の場合とストライキの場合とではまったく異質である。通常の場合の労務の不提供に対して賃金の一部たる家族手当を控除しないのは、いわば使用者が労働者の債務不履行による契約責任を追及する権利を放棄した結果であり、これに対しストライキは労働者が労務を提供しないことにより使用者に損害を与え、これを圧力にして有利な要求を容れるべく強制するものであるから、通常の場合の労務不提供の効果をストライキの場合のそれに適用することは誤りである。したがって、ストライキの場合には、その賃金削減につき格別の規定がない限り、民法第六二四条の原則により、労務提供と対価関係になくても、その部分の賃金を削減することができると解すべきである。

(被控訴人らの答弁および主張)

1  控訴人の当審における右主張は争う。通常の労務不提供の場合に家族手当を削減されないのは、賃金のうち生活保障的部分は削減の対象となりえないとする労働基準法三七条に基づく本質的な要請によるものであり、使用者の恩恵によるものではない。

2  通常の場合の労務不提供の場合に家族手当を削減せず、ストライキの場合にのみこれを削減することは、ストライキに参加した組合員を不利益に扱うもので、明らかに組合員の組合活動に対する報復的措置であり、労働組合法七条一号および三号の不当労働行為を構成する。

(控訴人の答弁)

被控訴人の当審における不当労働行為の右主張は争う。

(証拠関係)《省略》

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  被控訴人らは、別紙目録(一)記載の選定者らから選定された選定当事者であり、選定者らは、控訴会社の長崎造船所に勤務する従業員であり、三菱重工長崎造船労働組合(昭和四五年九月一三日結成、以下単に長船労組という。)に所属する組合員である。長船労組は昭和四七年七月および八月の両月にわたりストライキを挙行したところ、控訴人は選定者らに対し原判決添付目録二、三記載のとおり(ただし、選定者溜渕信一の昭和四七年七月五日((夏))八号における全日ストライキおよびこれに対する家族手当カット額(七四円)については控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)各ストライキ期間に応じた家族手当を所定の賃金支払日である昭和四七年七月および八月の各二〇日に支払わず、これを削減した。

2  長崎造船所においては、昭和二三年ごろから昭和四四年一一月まで、就業規則の一部たる社員賃金規則中に、ストライキにより所定労働時間中に労務を提供しなかった場合には、その期間中、その期間に応じて家族手当を含む時間割賃金を削減する旨の規定をおき、右規定に基づいてストライキ期間に応じた家族手当を削減してきたが、昭和四四年一一月以降は右家族手当カットの条項が賃金規則から削減されたにもかかわらず、それ以後も引き続き同様に家族手当を削減してきた。

二  およそ、使用者が労働者に対してストライキによって削減しうる賃金は、労働協約等に別段の定めがあるとか、その旨の労働慣行がある場合のほかに、拘束された勤務時間に応じて、実際の労働力の提供に対応して交換的に支払われる賃金の性格を有するものに限ると解すべきところ、労働者の賃金のうち「家族手当」、「通勤手当」のごときものは、労働の対価的性質を有するものではなく従業員という地位に対して生活補障的に支払われるものであり、所定の資格条件があれば日々の労働力の提供とはかかわりなく、毎月定額が支払されるものであるから、従業員がストライキによって労務に服さなかったからといって、直ちにこれらの賃金からその期間に応ずる金額を当然に削減しうるものではないと解するのが相当である。このことは、労働基準法第三七条第二項が時間外、休日および深夜の割増賃金を算出するにあたり、その基礎となる賃金から「家族手当」、「通勤手当」等従業員の地位に付随する賃金を除外している趣旨よりしても容易に首肯し得るところである。

三  控訴人は、本件家族手当の削減は、控訴人の作成した社員賃金規則細部取扱(以下単に細部取扱という。)の規定に基づいてなされたものであるから有効であると主張するので判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

1  本件家族手当は、控訴人の就業規則の一部である社員賃金規則第一八条(昭和四七年六月改正のもの)により、扶養家族数に応じて毎月支給されていたものである。長崎造船所においては前記のとおり昭和二三年ごろから右賃金規則中にストライキに基づく家族手当カットの規定をおき、右規定によりストライキの場合には家族手当を削減してきたが、昭和四四年一一月一日右賃金規則から右家族手当カットの規定を削除し、そのころ作成した前記細部取扱なるもの中に同様の規定をもうけ、前記のとおり依然としてストライキの場合には家族手当の削減を行ってきた。そして昭和四九年家族手当が廃止され、有扶手当が新設されるまで、右家族手当の削減が行われてきた。

2  右細部取扱は、控訴人がこれを作成するにあたり、控訴会社従業員の過半数で組織された三菱重工労働組合(選定者らの所属する組合ではない)の了承は取りつけた模様であるが、行政官庁への届出や、労働者への周知手続等は一切なされておらず(なお各従業員に配布されている「社員就業規則類集」には就業規則や賃金規則は掲載されているが、右細部取扱は掲載されていない。)、また、就業規則や賃金規則には一応施行の日や改正の日が明記されているのに、細部取扱にはその記載がなく、施行の始期や改正の経過などが全く不明であり、その内容の改廃は会社側で、特別の手続をふむことなく、必要の都度、適宜になされているものである。また、細部取扱は全部で二五項から成っているところ、第一項から第二四項までは、賃金規則やその付則についてそれを更に具体化して細部の取扱を規定したものであるが、第二五項のストライキ中の賃金カット(家族手当カットを含む)の規定については、賃金規則やその付則中にこれに対応する規定がなく、少くとも右規定のみは賃金規則やその付則とは全く無関係にもうけられたものである。

以上認定の事実によれば、本件家族手当カットの根拠となっている右細部取扱は、いずれの点よりみても、これを就業規則の一部であるとは解し得ず、会社側が一方的に定めた内部的な取扱基準にすぎないものと認めるのが相当である。

そしてまた、選定者らや選定者らが当時所属していた労働組合が右細部取扱に合意を与えたことを認めしめる証拠はなにもなく、しかも前掲証拠によれば、選定者らが当時所属していた労働組合はとくに労使間で協議して合意に達した事項以外は一切これを認めない意思を有していたことが窺われる。

そうだとすると、右細部取扱第二五項の家族手当カットの規定が、ストライキによる賃金カットに際して選定者らを拘束するいわれはないから、控訴人の右主張は採るを得ない。

四  次に控訴人は、細部取扱中のストライキによる家族手当カットの規定が選定者らを拘束しないものとしても、民法第六二四条により、ストライキ期間中はその期間に応じて家族手当を削減し得る旨主張するが、同法条は雇用契約における報酬後払の原則を定めたものに過ぎず、「ノーワーク・ノーベイ」の原則が適用されるのは、前記のごとく賃金のうち労働の対価として交換的に支払われる賃金の性格を有する部分についてであって、従業員たる地位の保持に対し保障的に支払われる部分すなわち家族手当等については適用がないのであるから、たとえ労務の不提供がストライキを理由とするものであっても、労働協約等に別段の定めない本件家族手当については、これを削減し得ないものといわねばならない。しかして、控訴人の右主張も採用できない。

五  さらに控訴人はストライキに際しては、家族手当の削減が労働慣行として成立し、労働契約の内容となっている旨主張する。なるほど、控訴会社長崎造船所では昭和二三年ごろからストライキ期間中その期間に応じて家族手当が削減されてきたことはすでに説示したとおりであるが、前記のごとく控訴会社が行ってきた家族手当の削減が選定者らの合意のもとになされてきた事実を認め得る証拠はなにもない(かえって《証拠省略》によれば、本件家族手当カットを強行中の昭和四七年八月一七日選定者らの所属する長船労組が会社側に対し、家族手当カット分の返済を申し入れたことが認められる。)から、このように継続して会社側が一方的に選定者らに不利益な労働条件を押しつけてきた事実があるとしても、これを目して、控訴人主張のごとく、家族手当の削減が労働慣行として成立し、それがすでに選定者らとの間の労働契約の内容となっているものとは認め得ない。のみならず、家族手当は、前示のとおりもともと労働の対価としての性質を有するものではなく、本件の場合に家族手当を削減することは、時間外、休日および深夜の割増賃金算出の基礎となる賃金には家族手当は算入しないことを明示する前掲労働基準法第三七条第二項や本件賃金規則第二五条の規定の趣旨に照しても著しく不合理であるから、このような不合理な労働条件は、たとえ会社側が一方的に家族手当の削減を継続してきた事実があっても、これによって、適法かつ有効な事実上の慣行として是認し得る理由はなく、到底有効な労働契約の内容となり得るものとは解し得ない。よって、控訴人の右主張も亦採用の限りでない。

六  以上のとおりだとすると、爾余の点について判断を加えるまでもなく、控訴人のなした本件家族手当の削減はなんら根拠のないものであり、これを続行実施することは賃金全額払の原則を規定した労働基準法第二四条に違反するものであるから、右の削減された家族手当とこれに対する賃金支払日後の昭和四七年九月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める被控訴人らの本訴請求はすべて理由があるものというべきである。

よって、右と同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条を適用して、主文第一、二項のとおり判決する。

なお、原判決主文第一項の趣旨をより明確ならしめるため、主文第三項のとおりに更正する。

(裁判長裁判官 鍬守正一 裁判官 綱脇和久 原田和徳)

〈以下省略〉

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